ドキュメンタリー、動画視聴しまして、私の感想を書きますが、ネタバレも含み、気分を害される方もいるかもしれないので、今から視聴しようと考えの方等、読まない様にお願いします。
「彼女が選んだ安楽死」〜たった独りで生きた誇りとともに〜
監督:西村匡史
全体の流れは日本から出て、海外で安楽死を遂げる難病の女性(主人公)。
その中で監督と女性の会話のやり取りが中心。難病の話では繰り返し痛みの苦痛を吐露されています。女性の安楽死に対する心境の変化は私の感想では無い様に観て感じました。
#以下主人公→彼女と表記
まず良し悪しの話ではない。と考えます。
一人の人生を1時間と少しで現すのは不可能とも思いました。
しかし、その数分の中から必死にこちらが彼女の思いを読み取らなくてはならないと考えました。
彼女の理論を知ろうと、何回も視聴しました。
彼女の長い人生のほんの一部から、一般の健康な方が、「頑張って生きて、病に侵されながらも必死に生きようとしている方もいる」というのは、私の中ではそういった感情は生まれませんでした。
そして苦痛と共に生きる方に対し、動画内で辛辣な言葉とも受け取れる内容が出てきていたのですが、後に思うと、逆に肩の荷が下りる方も居るかもしれない、とも思いました。肩に力が入っている方に対し。
また、時間、体力、知識、語学力、お金、その力を海外に行き、死ぬ為に使うという非常に贅沢な死に方とも考えられます。
否、どの様に社会で活躍し、地位名誉お金を得ても死ぬのなら、彼女と何が違うのか?そうも考えられます。
しかし、
贅沢=心の安らぎが有る
↑
それは違う、と動画を観て思う。
「幸せな人生だった」との言葉が何回か動画内に流れますが。
だった←過去の言い方。
今は酷く辛かったのではと、考えます。理性が勝ち過ぎて今の感情をあまり出せれないのでは、と映像の中で印象に残りました。
しかしそれが彼女の生き方なのだと思うと納得します。
監督から何回か生きる方向にならないだろうか、
と検討を委ねた話が出てきましたが、ソレはお金やら代償とセットでなければ…と白々しく聞こえました。(大金があっても安楽死の判断は変わらない、と彼女は発言していたが)
仮にも、彼女の心変わりが出来る方は、彼女が愛した人か、彼女の親族だけでしょう。
そう考えると、監督が彼女の親族や彼女が愛した人に連絡して何とかする
↑↑
流石に監督が其処までは出来ない。
私が監督の立場なら、やはり難しい。
安楽死肯定のドキュメントにならない為の配慮とも後日談で監督が、別映像でも訴えていました。
「迷惑をかけたくない、頼りたくない」←この考えが世間一般なのだと、皆の声なんだと印象に受ける方が居るかもしれません。影響を受けやすい方が彼女に自己投影は危ういと感じます。
あくまで、❞彼女(主人公)の話❝です。
個人の考えで進み、個人として終わる。自己完結という言葉が近い気がしますが、其処に本当に個だけの判断があり得るか?これも大小周りからの影響、育った環境が判断基準になるのは間違いない気がします。
ただ合法と叫ぶのでなく、
私なら、
私を合法にしてくれ、と叫ぶかもしれませが。しかし個の力は弱い。
彼女が最後まで貫いた死に対する姿勢を映像で残し、監督が発表する。個の力を最大まで最後まで手助けした監督に感謝します。
カメラ前で命のあり様を伝えようとして下さった方、映像、に感謝します。
当事者が難病について声を上げなければ知られる事も無かったと思います。緩和ケアの問題、医療が進歩した事による弊害、多い問題提起です。
非常に難しい問題に対し、最初にも書きましたが良し悪しの問題ではない、そう思います。
〜〜〜〜〜〜〜追記〜〜〜〜〜〜〜
しかし今後、愛する人、親族、知人が全く居ない状態、若しくはそれが断絶している方はどうすれば?コレも人それぞれ異なる対処した行動になるでしょう。
彼女の場合「幸せだった思い出」が現実を繋ぎ止めていた、と想像します。
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